イケメン国王に目が離せない!歴史から紐解くブータン国王とは??

ブータン国王

はじめに

日本国内においても、その端正なルックスから人気の高いブータン国王ですが、実際にブータンの街中を歩いてみると、いたるところに国王の肖像画が掲げられているほど、国中の人々から愛される存在なのです。ここでは、その歴史に着目しながら、ブータン国王とは一体どんな人物なのか解説していきます。

1.ブータン国王系譜

1-1 初代から現国王まで

ブータンの国王といえば、日本では現第5代国王が有名ですね。東日本大震災の半年後に来日をし、日本の子供たちに素晴らしいスピーチもくださいました。それでは初代から前4代まではどのような国王だったのでしょうか。

●初代国王:ウゲン・ワンチュク(1907〜1926)

ウゲン・ワンチュク初代国王

ウゲン・ワンチュク初代国王は、「近代ブータン建国の父」として知られています。初代国王が即位するまでのブータンは、各地で内乱が続いていましたが、彼の統治力により紛争や内乱は徐々に収まっていきました。1907年に彼の統治力・政治力・外交力等が高く評価され、宗教界、議員、各地方の村長、国民代表が集まり、プナカで会議を行った結果、世襲国王として選出することが決まりました。
国民の富を第一に掲げ、近代的な学校の建設やインフラの整備、西洋的な教育体制をブータンに導入するなど、当時のブータンには画期的で斬新な制度を多数取り入れました。一方で、近代化を進める一方で、仏教の保護にも力を入れ、僧侶の修行場や寺院の建設・修復活動も行いました。

●第2代国王:ジグメ・ワンチュク(1926〜1952)

第2代国王

ジグメ・ワンチュク第2代国王は、それまで一貫して外国人の立ち入りを禁じていた鎖国制度を一部緩め、1933年には英国人の立ち入りを許可しています。また第3代国王がインドからの資金援助に成功した裏には、第2代国王が築いたインドとの外交関係が大きく影響したともいわれています。

●第3代国王:ジグメ・ドルジ・ワンチュク(1952〜1972)

ジグメ・ドルジ・ワンチュク第3代国王は、「近代ブータンの父」と呼ばれています。第4代国王の時代にブータンは一気に民主化を押し進めましたが、その構想は第3代国王によるところが大きかったようです。まず憲法面では、○国民議会の設置、○王立諮問委員会の設置、○国王権力の制限という3つの方針を打ち出しました。また、経済面ではインドからの資金援助交渉に成功し、ブータンの経済発展に大きな寄与をもたらしました。続いて外交面では国連に加盟し、世界にブータンという国を知らしめる第一歩を踏み出すことに成功しました。

●第4代国王:ジグメ・シンゲ・ワンチュク(1972〜2006)

第4代国王

'現第5代国王の実父である第4代ジグメ・シンゲ・ワンチュク国王の時代に、ブータンは一気に現代化を進め、その手腕は退位した今でも国民の尊敬を集め続けているほどです。第3代国王の急逝により16歳という若さで急遽即位することになりましたが、めきめきとその頭角を現します。 第3代国王の時より徐々に実施されてきていた国王の権限の縮小化を一気に押し進め、行政の実権を担う首相職を設立するなど、立憲君主制の国ということを世界にアピールすることに成功しました。
また、今やブータンの肩書きともいえる【GNH・国民総幸福量】を政策/国の指標として提唱したのも、この第4代国王です。現代化を図る一方で、公の場での民族衣装着用を義務付けるなど、ブータン独自の伝統を守ることにも尽力しました。2006年に現第5代国王に譲位し、現在は民衆の生活を自らの目で見るため、国内を巡り歩いていると言われています。

●第5代国王:ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク(2006〜)

第5代国王

ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク現第5代国王は、前国王の実子であり、2006年に国王に在位しました。端正な容姿と気さくな立ち振る舞いで、国境を越えて人気を博しており、とりわけタイでは写真集まで発売されているほどです。また日本でも、東日本大震災の半年後に来日し、その際の'こころの龍'のスピーチは震災した多くの人々の心に響きました。まだ36歳という若き国王、これからどんな活躍を見せてくれるのか目が離せません。
~第5代国王の「こころの龍」のスピーチ~
「みなさんは龍をみたことがありますか?私はあります。龍はひとりひとりの心の中にいます。私たちは'人格'という名の龍をも国内外で人気を博しています。そんな彼には実はこちらもまた容姿の端麗な奥様がいらっしゃいます。その名も「ジェツン・ペマ王妃」。彼らは2011年10月に結婚しました。また同年の11月には、地震の被害を受けた日本に国賓として訪問し、大きな話題を呼びました。

● 国王王妃:ジェツン・ペマ・ワンチュク(Jetsun Pema Wangchuck)

国王王妃

1990年6月4日生まれ
父は航空会社に勤務し、母は王室関連の名門の出身。出身はティンプーですが、大学はイギリスに留学しており、容姿だけでなく知性も兼ね備えた、国王妃にふさわしいお方です。

●国王と妃の馴れ初めとは

理想的なカップルとも言うべきお二人の出会いは実は幼少のころだったといわれています。当時国王は17歳、妃は若干7歳だったときに二人は出会い、当時から美しかった妃に国王は一目ぼれしてしまい、二人は欠航の約束をしたそうです。その数年後に二人は再会し、あのときの約束を忘れていなかった二人は、交際の末結婚しました。なんともドラマチックでありロマンティックな恋愛ですね。ちなみにブータンは一夫多妻が認められている国ですが、国王自ら妻は生涯でただ一人であると宣言しています。

'そんなお二人の間に、2016年2月、第一子となる王子が誕生し、国中がお祝いムードに包まれました。ブータンでは生まれてきてすぐに赤ちゃんに名前はつけません。お坊様が占星術などをもとに、然るべきタイミングで命名します。ブータンの王子様も例外ではなく、ご誕生から2ヶ月以上後の4月16日シャブドゥン・クチェという祝日(ブータンを17世紀に統一した王「シャブドゥン・ンガワン・ナムギャル」に敬意を払い、祝う日)に、プナカ・ゾンの僧院にて、命名式が執り行われました。
そんな王子様のお名前は、「ジグミ・ナムゲル・ワンチュク」王子です。「ジグミ」は'勇敢さ'を、「ナムゲル」は'勝利'をそれぞれ意味し、そして「ワンチュク」は、ワンチュク王朝の名称です。 困難に対し恐れることなく勇敢に立ち向かい勝利する、国を一人で背負って人々に幸せをもたらせるようなたくましい国王に育ってほしい。そんな意味がこめられているのではないかと思われます。'

●生誕祭は、10万8000本の植樹パーティ!?

植樹

ブータンでは王子の誕生を記念し、多くの国民が参加し、お祝いの植樹が行われました。本数は、10万8,000本!!!想像を超える本数ですが、この数字にもブータンらしい意味がこめられています。108は仏教国であるブータンではとても意味のある数字で、日本での馴染みのある数字ですが、人々に潜む煩悩の数を表します。煩悩の数にちなんだお祝いというと違和感を覚える方もいらっしゃるかと思いますが、その真の意味は【108の煩悩に打ち勝ち、悟りを得るという思想に基づいている。】というものです。煩悩に勇敢に立ち向かい勝利するような、そんなリーダー像が浮かび上がり、将来がとても楽しみになりますね。

偉大な国王をたたえる幸せの国・ブータンへ行こう!

2-1 ブータンの政治システム

かつては国王が絶大な権力を握る「絶対君主制」が継続されていましたが、第4代国王が即位すると急速に立憲君主制へと改革が進められ、現在では立憲君主制のもと、議会制の民主主義政治が行われています。また、4代国王自身が、国王の定年制を導入したことで、現在の5代には行きながらにして王位を継承しました。現在のブータンの政治制度・国家システムが整ったのは、第4代の影響が大きく、まさに建国の父とも言うべき存在です。

●政治制度:立憲君主制 / 二院制議会政治(上院および下院から構成)

●国王:第5代国王ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク

●首相:ジグメ・エセル・ティンレー

●与党:国民民主党(PDP)

2-2 ブータン国王の暮らしとは

日本における天皇は、国民の象徴として皆から愛されていますが、私自身がブータンを訪れて見た感想は、それよりも更に愛され、生活の身近にあるような存在だということです。それはどちらかというと、イギリスのエリザベス女王のような感じだと思います。また、街中に出てみるとお店や建物に国王や国王夫妻の肖像画がいたるところに掲げられています。まるでその家の守り神のような姿は、いかに国王が国民のよりどころであるかということの現れでしょう。

レセプション

おわりに

現代国王から初代国王までの歴史を、ざっくりとではありますが辿ってみました。その世相に応じた政策が取られていますが、共通しているのは、近代化に向けて前向きであること、同時に伝統を重んじ仏教の教えを大切にしてることではないでしょうか。第5代国王の下、国民一丸となって築き上げている国ブータン、一度自分自身の目で確かめてみたいですね。

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